医大 理不尽と生きる知恵 5

第4話 約束の行方

やっと来た手術の日

朝ご飯はビスケットが数枚

そんなことはどうでもいい

かえって準備運動みたいでわくわくした
 
今か今かと先生を待つ
 
やっと先生が現れた

虻;こんにちは 元気そうだね

にこにこして ベッドにすわる

並んで腰掛けて 足をぶらぶらさせてお話を聞いた

虻;これから手術しに行くことは知っているよね

 

☆;うん 私 目の手術するんだよね

虻;そうだよ。手術室に行って 手術するんだよ

☆;うん

虻;何にも怖くないから いい子にしててね

☆;ハイ

蛇;泣かないって約束してくれる?

☆;うん。泣かないよ

虻;痛くも何ともないからね

☆;うん

虻;☆ちゃんはいい子だね

☆;うん。・・にこにこ・・

虻;じゃ、先生と一緒に手術室に行こうか

 

ベッドから飛び降りて先生の後についていった

リュックサックがないのが残念

 

手術室は地下にあるが土地が斜めになっていて

エレベーターを降りたところはまだ半分地上で明るい

先生と仲良くエレベーターを降りて手術室へ向かう

手術室には 大きな鉄のような扉があった

異様な雰囲気に思わず立ち止まった

入ったら出られない気がする

 

虻;入って

☆;・・・・仕方がない、ついていく

虻;ここで待っててね

・返事をしなかった・

手術台は高くてよじ登るのにかなり苦労した

登って見ると部屋は暗く ひんやりしている

かなり広いが誰もいない

見たことのない部屋に興味を持って眺めた

広い部屋の中でひときわ目をひくのは真上にある電気

大きなかさの中にたくさんの電球があり、暗く、淡く光っている

電球の数は何度数えても途中でわからなくなる

ベッドに立ち上がって数えていると

?声;危ないからベッドにたたないで

どこからか声が聞えた 誰もいないわけでもなさそうだ
 
見えるものすべて見てしまっても誰も来ない、

広くて薄暗い部屋の高いベッドの上にいると不安になった

帰ろう

ベッドから下りてドアに向かう

さっきの声は止めようとしない

部屋を出ようしたところで見つかった

虻;待ってろといったろう

優しいはずの先生の声

・こわい・

・これは逃げなければ

とっさの判断で逃げ出そうとするがつかまってしまった

 

虻;つれってって

二人の看護婦に引っ張られ、ベッドに載せられた

物言わぬ二人の看護婦にもうひとり加わり、

押さえつけられて無理やりねまきを脱がされた

当然、☆はパニックを起こして抵抗する

さらに人が増えた

大勢に押さえつけられ服を剥ぎ取られ

寝かされて手足を縛られた
 
冷たい 背中が凍りそうに冷たい

出たい

寒い

帰りたい

 

手術が始まる前に 場所を拒否していた

抵抗も空しく手足どころか胴体まで縛られ

身動きできない

それでもメいっぱい抵抗した

そのうちに人が大勢集まってきて

魅力的な電気がパッと明るさを増す

 

☆;あっ!

一瞬電気に気を取られ抵抗を止めた

淡い光を放っていた魅力的な電気が まぶしいほどに輝いた

 

虻;いい子だね

わかっていない

 

電球を数えているといきなり目に枠をはめられた

黒くて大きくて硬い

目が閉じられない

とたんに押さえつけられていることを思い出す

イヤだ 怖い 怖いよ

誰も聞いてくれない。 泣く わめく

 

何かが目に近づいた

先が細くなった銀色の長いものだ

 水晶体がないと 目に近ければ近いほど良く見える。

 自分のまつげなら数えられるくらいに見える。

メスは 遠くにあれば存在すらわからないのに

目に近づけば近づくほど とんがっているのがわかる

視力がなくても 目の前にくれば見えてしまう

 

目に枠をはめるなど想像できるわけない

手術とは切ることだとも全く教えてくれなかった

近づいてくるものが何であるか見当もつかないが

縛り付けて 殺しに来る

さわるな! よるな! イヤだ!

メいっぱいどころか 命がけで抵抗

虻;もっときつく縛れ

先生の声が聞こえる

もっと強く抵抗する

 

強く縛られれば縛られるほど 泣き喚いた
 
虻;泣かないって約束しただろ

  約束を破るのは悪い子だぞ

  おまえが泣いたら手術ができないだろうが

  おとなしくしろ

  どうしようもないヤツだ

 

怒鳴られ 怒鳴られ 怒鳴られて

叱られて 叱られて 叱られて

どんどんきつく縛られて

 

だからどんどん逃げたくなる

なんとしても逃げないといけない

これはもう命の戦いだ

 

ふっと やさしい顔がのぞいた

しずかに そーっと覗き込んだ

パタッと泣き止んでその顔を見返す

白髪混じりのやさしい顔

地獄に仏の気分とはこういうのを言うのだろう

助けてくれると思った

 

「私がやろう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大人になってわかったことだけれども

そのやさしい顔は眼科医長の今泉先生だった

角膜移植の権威で有名な眼科医だ

この医大の看板医だ

そのままやってもらえばよかったのに

斜視の手術を医長がするなどめったにないことで

泣きもうけだったはずなのに

そんなこと知るわけもない

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今泉;こんにちは

☆;・・・・・・・・・・

  先生の顔をじっと見る

今泉;やれるかな、泣きすぎてるからな

☆;。。。。。。。。。。

 

メスが近づくと 恐怖がよみがえる

泣き始めるともう止まらない

虻の声が、約束したのにまた泣く と叱る

叱られれば叱られるほど、ますます泣きたくなる

担当、虻の声が聞こえると ムチャックチャ暴れたい

☆;・・うそつきはそっちだ・・

全身全霊の力の限り抵抗して 手術はさせなかった

 

今泉;こんなに泣かれたらもうできない、今日はやめだ

ベッドを取り囲んでいた人たちがいなくなる

虻;手術ができなかったんだから泣きやめ

☆はホッとしてパタっと泣き止んだ

  勝った 

  終わった

虻;おまえが約束を破って泣くから

  手術できなかったじゃないか」

  おまえのせいだ

悪態をついて先生は出て行った

 

私は悪くない

小さな声にだして 言いかえした

自分で部屋に帰ると言うのに 

注射を打たれ 眠らされてしまった

 

絶対に忘れない。

 

手術室までつれてくればこっちのものだ

くらいにしか思っていない

無条件に全面信頼しているから

言われたまま約束するのに

約束を破ったから おまえは悪い子だ

うそつきだ

ダメなヤツだ

最低のヤツだ 

信用できない人間だ

 

それが大人のやり方 ですか

それがお医者様 ですか

自分が信頼を裏切ったことに気づきもしない

子どもの心が壊れたことなんか知ったこっちゃない

 

人形の手術でもしていればいい

 

もう大人は信用しない

先生大嫌いだ

 

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